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- シリーズ生命倫理学 第8巻 高齢者・難病患者・障害者の医療福祉
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内容
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序文
緒言
生命倫理学は,米国生まれのバイオエシックスとして,日本に導入されてから30有余年の歳月が流れた.当初の遺伝子組み換えをめぐる議論,その後の臓器移植,体外受精をめぐる議論,そしてゲノム計画や,最近のiPS細胞研究などによる再生医療技術をめぐる議論に代表されるように,生命科学や医学研究の発展による生命操作や人体実験などの倫理問題とそれに関連しての被験者・患者の権利などが議論され,その射程は広がり,発展してきたといえる.しかしながら,近年はそのような議論の広がりとともに,その議論の対象となる領域において,専門分化の傾向も見られ,研究倫理,臨床倫理,看護倫理,「ケアの倫理」などの個別化も進んでいるように見られる.その中で,「生命倫理」もその専門分化の波を受け,他の領域の議論と並列化され,限定的に議論されるようにもなってきた.例えば,「生命倫理(学)」の議論は,先端医療技術の社会的受容とその規制システムの問題に関する議論であるというようにである.いわば当初の広く生命科学や医療のあり方をも見直し,改革しようとする「運動」という意味を持っていたバイオエシックスが,とくに,日本では,「生命倫理(学)」という名称とともに矮小化されてきているということもできよう.
以上のような,日本における「生命倫理(学)」の展開を考えると,本巻のようなテーマが本シリーズのひとつの巻として計画されたことは意義深いものと考える.しかしながら,本シリーズの全体の構成を見ると,医療分野のテーマが目立つ構成になっていることも否定できない.また,本巻のテーマが,高齢者,難病患者,障害者をめぐる医療問題のように多岐にわたる問題をひとつの巻として納め,シリーズ全体から見ればややマージナルな問題群を扱っているような印象も受ける.その意味においては,今日の日本における「生命倫理学」の名の下での議論,関心の状況を反映しているとも言えよう.しかしながら,前述したように,そもそものバイオエシックスの議論の展開を見れば,高齢者,難病患者,障害者といったテーマが,バイオエシックスの課題を最も深刻に,かつ鋭利に示す領域と考えてもいいだろう.すなわち,生命科学や医学の発展した社会における,生命の意味,死の迎え方,人権の擁護などが本巻でも核心部分として問われる分野であるからである.その意味において,本巻のテーマや問題群は,日本における,今後の生命倫理学の重要な方向性を示す課題も担っていると言えよう.そのように編集委員の一人である筆者は考えて,担当した章の執筆者を指定して,議論をお願いした.その際に,なによりも現場の視点に立った問題提起と改革への示唆を含む議論の展開を期待した.
とかく日本においては,生命倫理学は「応用倫理学」の一分野として見なされ,外国のそれに関連した学説,議論の紹介によってよしとする向きもないではない.そのような姿勢に対して本巻で取り上げたテーマは,欧米でも生命倫理学の主流とは言いがたいことから,とくに日本社会の視点から問題を取り上げざるを得ないことにもなり,その独自性の意味が強調されることにもなる.それゆえに,もちろん,執筆者の間には,多少なりとも医療観,福祉観,障害観などに相違は見られるが,まずは各章における執筆者の現場を熟視した議論に接して,日本における生命倫理学の真摯な議論として知っていただきたい.本巻の編集の,ほんの一端を担ったものとしてはそれ以上に望むものはない.
第8巻編集委員 大林 雅之
*
本「シリーズ生命倫理学」にあって,この第8巻は高齢者や障害者といった社会福祉で大きなテーマとなる分野を扱う.難病患者の問題も,最近の「障害者総合支援法」が難病患者も支援サービスの対象としていることに表れているように,障害者問題と近い領域で論じられるようになった.本巻は,「高齢者・難病患者・障害者」というくくりで,生命倫理学的アプローチを試みているが,その議論は医学的治療よりむしろ福祉的支援という文脈になりやすい.そこで,「医療そのものも大切だが福祉をも巻き込んで論じるべきであろう」という意図から,本巻の表題では「医療福祉」という言葉を用いることにした.
医療が「治す」ことを目標にするなら,高齢者や障害者はその対象から外れていきかねない.高齢ゆえの衰えにはもはや「治せない」部分が多いし,障害は「根治はできないから長く付き合って飼いならしていく」という宿命を背負うものと言える.難病とて,「治し難い」から難病と呼ばれるのであって,その実態は障害に近い.ここでは,「治す」医療ばかりではなく,「機能を維持する,機能低下の速度を遅くする,代替手段を見つけてそれを使いやすくする」医療が求められる.そしてその医療は,限られた健康状態でも心健やかに暮らすための福祉的支援と連携するものとなる.
医療は,病気をある種の悪として対象化し,病原菌を死滅させること,病巣を除去することをおもに考えてきた.しかし,日本がほんの数十年で世界にもまれな長寿社会作りに成功し,障害にもいくばくかの共生意識を持って取り組んできたことで,時代の要請は「健康の衰えや支障を伴いながらもいかに生をまっとうするか」に移ってきた.「長く生きていれば体にガタがきても当然だが,そこでどう工夫するか」とか,「人生の初期から障害を背負っても,否定的にならずにあと何十年を生き抜くには何が必要か」といった視点をもって,医療も変わっていかねばならないだろう.
このように,「高齢者・難病患者・障害者」に関しては,「医療」単独ではなく「医療福祉」という統合的な問題意識で生命倫理的な議論も深めていく必要があると考えている.それが本巻の,本シリーズでは一番長い表題にも表れている.福祉も関係するとなれば,財政の問題や社会保障全般への目配りなども考えねばならない.そこは本巻で語り尽くせることではないが,各章の執筆者たちも文脈の及びうる範囲で背景となる社会問題に目を届かせようとしている.
本巻は,総論的な第1章に始まって,高齢者問題を扱う5つの章,難病患者問題を扱う2つの章,障害者問題を扱う3つの章から成る.編集委員としては,各章の役割分担を意識しながら総合的なバランスも取ったつもりであるが,全体の有機的連関を追究するなら,さらに必要な章,あるいは新たな巻が構想されねばならないかもしれない.そこは今後の課題としたい.
編集委員の立場から,各執筆者にはいろいろな注文をつけ,何度も草稿をやり取りさせてもらった.編集委員の要求に応えた執筆者たちの努力があってこそ,本巻は完成にこぎつけることができた.予想以上に時間がかかり出版社をやきもきさせただろうが,とりあえずは完成を喜びたい.執筆者全員を代表して,出版の労をとってくださった丸善出版にもお礼を申し上げる.
第8巻編集委員 徳永 哲也
目次
第1章 高齢者・難病患者・障害者医療への生命倫理学的視点と福祉政策の変遷
1 問題と視点
2 「国家」か「市場」か―自由と公正の対立
3 不安定な福祉国家である日本の高齢者・難病患者・障害者医療
4 「家族」と「自立支援」の視点
5 「ケア論」の視点と新しいケア理論の構築例(ケアの自然史:難病患者と高齢者のケア・システムの研究から)
第2章 高齢者福祉
1 生命倫理学にとっての高齢者問題
2 高齢者の生活と生きがい
3 長寿社会の倫理
4 アジア地域の少子高齢化
第3章 高齢者医療制度の現在
1 介護をめぐる現状と課題
2 高齢者医療の現状と課題
3 高齢者医療制度の特徴と課題
4 高齢者にとって望ましい医療
第4章 認知症ケアの倫理
1 『認知症ケアの倫理』が目指すもの
2 認知症の人々を「ひとりの生活者」として尊重するために
3 パーソンセンタードケア―倫理的なケアを求めて
4 日常ケアにおける倫理的諸問題
5 終末期ケアの倫理
第5章 高齢者の終末期介護と生命倫理
1 日本の超少子高齢社会
2 終末期介護の問題事例
3 高齢者の人権をめぐる諸問題
第6章 高齢者の自律とこれからの医療対応
1 高齢者のQOLと価値評価の倫理的問題
2 高齢者の「自律尊重」をめぐる倫理概念間の葛藤
第7章 難病患者の看護・ケア―看護職の視点から
1 「難病」と医療
2 難病と生命倫理
3 難病患者の生と死に関するQOL
4 難病患者と家族
5 難病患者の社会・経済的課題
6 難病患者の遺伝子診断と治療とカウンセリング
第8章 難病患者の医療と介護―ALS当事者と家族の視点から
1 ALSという病気
2 社会の狭間で生きる
3 療養現場の倫理
第9章 障害者福祉と生命倫理
1 生命倫理学にとっての障害者問題
2 障害者の「学び」とその「支援」
3 障害者の「労働」と「自立生活」
第10章 障害者支援制度の現在と未来
1 日本の障害者福祉制度の現代史
2 支援費制度から障害者自立支援法へ
3 障害者自立支援法から障害者総合支援法へ,そしてその先へ
第11章 障害者運動と生命倫理学―脳性麻痺当事者運動をめぐる「関係障害」に着目して
1 高度経済成長期における脳性麻痺当事者運動の創成
2 東京都立府中療育センターにおける入所者運動とその波紋
3 告発型運動の思想と生命倫理学における課題
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書籍情報
- ISBN:9784621084854
- ページ数:248頁
- 書籍発行日:2012年12月
- 電子版発売日:2018年5月11日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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