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- シリーズ生命倫理学 第16巻 医療情報
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内容
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序文
緒 言
高度情報社会と呼ばれる現代社会は,今や「ユビキタス社会」へと進展しようとしている.こうした中,医療界においてもIT(Information Technology)化の波は激しく打ち寄せてきており,その影響は今後の日本の医療のあり方を考える上で不可欠な要素となっている.それにともなって,IT と結びついた医療情報の活用が,新しい可能性を開くことに対する大きな期待と同時に,さまざまな倫理的問題の発生も懸念されている.
本巻が取り組むべき課題は,来るべき「医療情報社会」が私たちの社会にもたらすであろう,積極的な「光の部分」のみを楽観的に描くのでも,また反対に,電子化された医療情報の漏洩などが患者のプライバシーの侵害を拡大するといったような「負の側面」だけを徒に強調し,悲観的に医療情報の活用を否定し去るのでもなく,「医療情報社会」のリアルな姿を浮き彫りにすることにあると言いうるだろう.そしてまた,この課題に取り組むにあたっては,「医療情報」というものを単に電子ネットワーク上のものとしてのみ捉える立場からではなく,患者を中心に据えた医療にとって「医療情報」の持つ本質的意味について,哲学的・倫理学的,そして社会学的観点から根本的に問い直すことが不可欠であると考える.
第1章「医療情報と生命倫理」では,本巻の全体を貫くテーマである「医療情報と生命倫理」という課題に関し,「医学(医療)」,「コンピュータ・サイエンス」,そして「倫理学」という3 つの学問領域が交差しあい,重なりあう度合に応じて,いわゆる「応用倫理学」と呼ばれる学際領域をいかに形成してきたかを歴史的・社会的背景から解き明かすアプローチを試みる.
第2章「医療における情報リテラシー」では,患者-医療者関係(医師-患者関係)の3つのモデル(牧師・工学・契約モデル)における医療情報の役割に焦点をあてる.近年の生物医学(現代医療)における問題点は,もはや牧師モデル(パターナリズム)批判やインフォームド・コンセントではなく,症状発現以前の医療情報を操作的に「病気」とみなし(「リスクの医学」),その改善という名目で人体に介入する人間工学モデルにあることを指摘する.
第3章「診療情報――法的観点から」では,「診療情報」という概念に対し法的観点から考察を加え,診療情報が「個人情報」と見なされ,患者の生命・身体に直接大きな影響を及ぼす情報であり,その扱いには十分な慎重さが要求されるセンシティブ情報となるとき,法的な取扱いとしては「プライバシー保護」の対象となるが,個人情報保護法の抽象性が「臨床の現場」でいかなる倫理的問題を惹起するかについて詳述される.
第4章「診療情報――臨床現場の視点から」では,臨床現場の視点から診療情報に関わる倫理的課題について論じられる.本章では,「診療情報」の範囲を,医療法,医師法,省庁通知文から関連する記述に基づいて定義するのみならず,診療情報が客観的データとしてだけではなく,記録者の著作物としての性質があることに着目し,現実の医療現場における倫理的課題を提示する.
第5章「看護情報」では,医療情報の中でも「看護情報」に着目し,看護実践を通して得られる看護情報を体系的に解析することにより,患者の健康維持・増進や疾病の治療などに,いかに貢献するかを考察するとともに,そのために乗り越えなければならないさまざまな課題を「看護情報学」の視点から明らかにする.
第6章「薬害と医薬品情報」では,医薬品をめぐる倫理を考察するために,薬害を正しい医学・薬学からの逸脱やその不確実性の顕在化と見なす視点に共通する医学・薬学によせる信頼性を問題にする.まず,薬害をそうした医学・薬学の知識不全の帰結と位置づけ,次に,医薬品情報の流通過程(医療機関内外,製薬会社と医療機関,医師研究者間)の問題点とイレッサ,メバロチンなどの事例を検討し,その上で,医薬品情報を正統化する2つのツール(「薬理学における概念的幻覚」と「疫学とEBM」)を取り上げ,医学・薬学知識というものの特性を解剖している.
第7章「科学的根拠に基づく医療(EBM)と倫理的臨床判断」では,EBM(Evidence Based Medicine)に焦点を絞り,EBM が臨床現場にもたらした功罪,とくに概念的な誤解を解き明かし,この方法論の基盤となる疫学的根拠と哲学的な側面について考察を加え,とりわけ「倫理的な」臨床判断を行うにあたってEBM が含有しているNBM(Narrative Based Medicine)との相補的な関係性を明確にする.
第8章「医療情報システム・電子カルテ」では,進歩し続けるICT(Information and Communication Technology)は,一つの病院内にとどまらず,地域の保健医療・介護福祉の連携の要としても期待されており,「開かれた医療」のための情報開示を行うと同時に,守秘義務やプライバシー保護等の患者の人権擁護も担保するという「安全管理」と「尊厳保持」といった一見すると矛盾する要請に対し,どう向き合うべきかが問われる.
第9章「医療情報と医療過誤」では,医療情報と医療リスクマネジメントについて概説する.まず,医療事故発生のメカニズムとその際のリスクマネジメントの方法について詳述し,さらにコミュニケーション・エラーのケース・スタディをふまえ,情報伝達のエラー防止支援システムの構築について解説し,最後に,医療情報の共有と個人情報の保護の問題点を指摘する.
第10章「医師―患者関係とインフォームド・コンセント」では,主に医療社会学の視点から治療に対する「同意の制度」と医療情報開示を要請する「インフォームド・コンセントの制度」について検討し,後者の制度は,非対称な医師―患者関係において,医師の権力を抑制する機能を持つが専門家支配の構造は保持されるとともに,そのシンボリック性を活用したレトリックが医師による専門家支配を擁護する側面も指摘する.
第11章「医療情報と権力」では,その観点から,医療情報や現代社会における情報に関して個人情報の規制枠組みを紹介し,自己の医療情報の流通を本人がコントロールするプライバシー権について再検討する.ついで20 世紀以降,ビッグデータ化しつつある医療情報と,従来の臨床医学とは異なる医療実践である「リスクの医学」の誕生とについて考察する.とくに,個人情報を監視する権力が持つ,個々人を選別し振り分ける志向性の社会的影響についても言及する.
第12章「ヘルスコミュニケーションの生命倫理学」では,メディアへの健康情報の介入がもたらす倫理現象について考察する.このメディアの多様化が生み出す,異質な関係者(エージェント)や諸事象(アクター)の間の関係を取り結ぶ新たな「公的対話」の可能性,およびネットワーク上の「想像の共同体」としての患者集団の出現の意義について詳述する.
本章の最後では,生命倫理研究者が,医療社会学のような「医療の生命倫理学Bioethics of medicine」対「医療における生命倫理学Bioethics in medicine [例えば臨床倫理]」といった生命倫理学の乖離を回避すべきこと,および,生命倫理学と大衆との間の公的対話を促進するインターフェースの役割をメディアが果たしてきつつあることを想起すべき旨の提言がなされている.
第16巻編集委員 板井 孝壱郎
村岡 潔
目次
第1章 医療情報と生命倫理
第2章 医療における情報リテラシー
第3章診療情報――法的観点から
第4章 診療情報――臨床現場の視点から
第5章 看護情報
第6章 薬害と医薬品情報
第7章 科学的根拠に基づく医療(EBM)と倫理的臨床判断
第8章 医療情報システム・電子カルテ
第9章 医療情報と医療過誤
第10章 医師―患者関係とインフォームド・コンセント
第11章 医療情報と権力
第12章 ヘルスコミュニケーションの生命倫理学
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書籍情報
- ISBN:9784621084939
- ページ数:276頁
- 書籍発行日:2013年9月
- 電子版発売日:2018年6月15日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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