まえがき

衛生薬学は，衛生化学，公衆衛生学，食品衛生学，栄養健康学，環境衛生学，保健衛生学，毒物学，異物代謝学，中毒学，裁判化学など多くのキーワードを包括する薬学独自の学問分野である．衛生薬学の使命は"健康の維持・増進に寄与すること"であり，これは薬学そのものの大きな使命と一致する．薬学は，「薬を創る」「薬の作用機構を理解する」「薬を正しく有効に使う」などを中心とした学問であるが，「疾病を予防する」も薬学になくてはならない分野である．健康の維持・増進のためには"予防"が最も効果的であることは言うまでもない．衛生薬学は，各種疾病の様々な角度からの原因究明や化学物質の健康影響とその作用機構解析などを通じて疾病予防に貢献する他学部にない薬学固有の学問分野といえる．このように衛生薬学は疾病予防という分野の発展に貢献することによって，薬学の使命の一翼を担っているわけである．

帝国大学医科大学薬学科（東京大学薬学部の前身）に最初に設置された講座は薬化学，衛生裁判化学および生薬学の3つであり，このことは"生を衛る"学問である衛生化学の薬学における重要性が，当時いかに強く認識されていたかを物語っている．その後，重金属や化学物質による環境・食品汚染の世界的な社会問題化や生活習慣病をはじめとする"栄養と健康"に関する研究の進展などにより，薬学における衛生化学の重要性がますます高まり，公衆衛生学や環境衛生学を加えた新しい学問分野として現在の"衛生薬学"が確立されてきた．将来，"疾病予防"の必要性は社会的にも学術的にも現在以上に強く認識されるようになると予想され，衛生薬学が果たすべき役割も高度化し，重要性の高いものになっていくことは間違いない．

本書は薬剤師国家試験出題基準に従ったわが国で最初の教科書として第1版が出版され，その後，薬剤師教育の6年制への移行などに対応しながら改訂を重ね，内容の充実が図られてきた．第5版から編者が変更になったが（第4版までの編者は，井村伸正先生および渡部烈先生），基本的には従来の編集方針を受け継ぎ，読者が理解しやすい平易な記述を心がけながら，質が高く実際に役立つ教科書を目指している．特に，将来的に衛生薬学における教育の必要性が高まると考えられる事項については比較的詳細な記載を心がけた．本版は，平成25年度改訂の薬学教育モデル・コアカリキュラムに対応しており，また，一部を除いて，記述の重複を避けるように内容の整理に努め，データ等もできるだけ最新のものに差し替えてある．本書が読者にとって衛生薬学を学ぶうえでの最適な教科書となり，記載内容の正しい理解の一助となれば幸いである．

最後に，本改訂に際して多大なご尽力をいただいた執筆者各位と丸善出版の長見裕子氏および糠塚さやか氏，ならびに関係者各位に深甚なる謝意を表したい．

2018年　早春

永沼 章
姫野 誠一郎
平塚 明