訳者まえがき

病態生理という言葉は，医学･医療に従事する者だけでなく，それらの職業を目指す学生諸君もよく知っている言葉だと思います．病態生理という概念は，生体が病気に反応して引き起こす徴候や症状の発生機構を解明することです．その結果，疾患概念が明瞭となり，適切な治療を行うことが可能になります．しかし，臨床医学の学習では，疾患概念を明らかにしていくことよりも，それぞれの疾患の結果として表出する徴候や症状，そして治療法をデータベースのように脳内に蓄積することが中心になっているようです．これでは，疾患本来の姿を知ることができず，新たな治療法の開発などもできません．原著者らが本書の目的として述べているように，学習者は病態生理学的基盤をもとに徴候や症状を考えるようにしなければなりません．そのためには，もう一度正常機能と構造に関する知識を整理して，その上で疾患概念を確立することが必要です．

本書は一般的な臨床医学の教科書とは異なり，扱っている疾患の数は多くはありません．しかし，これらの疾患はそれぞれの分野ではメジャーな疾患であり，これらの病態生理を理解することで他の同分野の疾患に対しても同様のアプローチができるようになります．また，扱っている領域が幅広いので，通読することで，専門領域にかかわらず，病態生理学的概念が臨床医学の基本をなしていることを理解できるでしょう．「原書まえがき」にも記載されているように，本書の対象となる読者層はとても幅広いことが期待されます．特に，医学部医学科の学生にとっては，豊富な臨床症例が提示されているので，基礎医学の学習の総まとめとしても臨床医学の予備知識を身につけるためにもすばらしいテキストです．ぜひ，一人でも多くの学習者が本書を手に取り，病態生理学の理解を深めていただければと願っています．

翻訳にあたり本書が目指したのは，原著者の意図すること，表現のニュアンスをできるだけ正確に伝えることでした．一般的に，翻訳書では，原文の表記に従うと日本語として読みづらくなることから，安易に意訳を用いることが多いですが，本書ではできるだけそれを避け，あえて日本語として少し読みづらくなっても原書に忠実に表現するようにしました．この考えが正しいかは読者の判断を仰ぎたいと思います．本書に対する疑問，ご意見，ご感想などはぜひお知らせください．今後の参考にさせていただきます．

各分野の専門家各位がご多忙の中，迅速で正確な翻訳を完成してくださいましたこと，丸善出版株式会社企画・編集部の糠塚さやか，諏佐海香の両氏のご努力によって本書の出版が可能になったことを心より感謝いたします．

2019年5月

國分 眞一朗
中山 智祥