絵ときシグナル伝達入門 改訂版

  • ページ数 : 246頁
  • 書籍発行日 : 2010年3月
  • 電子版発売日 : 2013年1月1日
3,520
(税込)
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商品情報

内容

複雑なシグナル伝達がよく理解できた、と評判の入門書!
「どこで」「どの因子が」「どんなふうに」細胞の性質を決めているのかを丁寧に紐解きます。がんや分子標的薬など最新知見の記述もますます充実。

序文

改訂版のまえがき


『絵ときシグナル伝達入門』の初版を2002 年に上梓してからもう8 年が経過した.初版を買ってくださった方は,すでに第一線で研究をしていると思うととても嬉しくなる.この間には,サイエンスにおいて大きな進展があった.ヒトゲノム解読が2003年に完了し,また多くの動植物や微生物のゲノムも解読された.質量分析技術に大きな貢献をした田中耕一氏のノーベル化学賞受賞は初版の刊行の年であったし,オワンクラゲGFPの発見をした下村脩氏は,2008年に同じ賞を受賞した.研究の本質は変わらないものの,こうした進歩を取り入れて,新たにシグナル伝達に興味をもってくださった方々にもこの分野の研究の面白さを是非伝えたいと考えて,改訂版を書いた.

シグナル伝達(signal transduction)という言葉ははじめはごく少数の研究者の間でしか通用しない言葉だった.しかし現在では,細胞生物学はもとより医学,免疫学,発生学,薬理学,細菌学などほとんどの生物学の領域をカバーする幅広い分野で,シグナル伝達研究なしにはその分野の研究が語れないほどに発展してきた.これほどまでに発展し,多くの研究者を引きつけた魅力はなんだろうか.それはパズルを解く楽しさだろう.目の前に刺激に応答して変化しつつある細胞がある.自分が加えた刺激がどのように伝えられて,細胞が変わっていくのか,それを解き明かすことは真っ白な地図の上に自分だけが知っている道を描くことに他ならない.

こうした魅力を如何に伝えようか,と考えて初版を上梓した.タンパク質の活性化を特徴的な表情であらわし,複合体の形成や移動が視覚的にわかるように努力した.こうした工夫は当時はかなり珍しいものだった.最近,いろいろな因子を擬人化するなどしてわかりやすい表現をしている図をよく目にするようになり,とてもよいことだと感じている.図の基本的なスタイルは,第2版でも変えずにわかりやすく理解できるように努めた.また,読者が最初に手に取る入門書であることを考えて,なるべくシンプルな表現をするように心がけた.研究者の立場からすると,複雑に絡み合った現象をシンプルな文章にすることは,かなり難しい.いろいろな可能性をすべて列挙すると,結局専門家向けの総説になってしまう.この正確さとわかりやすい表現の狭間でどこまでシンプルにできるか,ということに一番心を砕いた.

筆者の趣味について,初版では酒の肴をつくることを書いた.筆者は詰将棋を解くことも好きである.これほど人口が少ない趣味の世界も珍しいが,江戸時代からずっと続いている格調高いものである.洗練された詰将棋は,シンプルでとても美しい.駒の動きにドラマを感じることさえある.シグナル伝達のパズルが解けたときも同じような爽快さがある.飛躍が許されるなら,DNAの構造解析で有名なロザリンド・フランクリンが二重らせんモデルをみて言ったとされる「こんなに美しいモデルが本物でないわけがないわ!」と共通の美しさである.しかし,詰将棋とシグナル伝達の美の共通性を云々する人は世界中で数人もいないかもしれませんね.


出版に際して羊土社の方々にとてもお世話になった.改訂を勧めてくださった一戸敦子さん,読者の視点に立って原稿の不十分な点を細かく指摘し,また読みやすい素敵なレイアウトに仕上げてくださった山下志乃舞さんには特に感謝したい.

最後に初版同様に,本書を「いちごみるく」から卒業したわが息,いたると,ずっとよきパートナーである恵子に捧げる.

2010年 2月

服部成介




初版のまえがき


"シグナル伝達" ってなんだろう? そんな素朴な疑問に答えてくれるような本が意外と見つからない.シグナル伝達の研究は盛んに行われているので,『・・・のフロンティア』,『・・・の新世紀』などなど購買意欲をそそられるようなタイトルが目白押しである.しかし,どの本も専門的なのでそうした疑問には答えてくれそうにないしかなり難しい.筆者も専門領域以外のものは,読んでストーリーは理解できるものの,実感として把握することができない.そして次の日にはもう思い出せなくなっている.それは登場人物を実感として捉えることができないまま読み終えた小説のようだ.シグナル伝達ワールドの個性豊かな因子たちを,何とかして体温を感じられるような,そして生き生きと活動しているような,そんな登場人物のように描写することはできないだろうか,と筆者は考えた.


本書は,これから医学・生物学を志す方々や他の研究分野の方に,シグナル伝達研究のおもしろさを是非知っていただきたいと考えて書いた.一見複雑そうにみえるこの分野もその根底にあるのはタンパク質の挙動の変化であり,その点をきちんと把握すれば意外にすっきりと理解していただけるのではないだろうか.筆者はもともと生化学の出身であり,タンパク質につよい愛着をもっている.その後,細胞生物学的な研究を開始し,Rasのシグナル伝達系の解析を中心にしてきたが,いつも保ってきたスタンスはタンパク質,特に酵素の性質を調べることを中心に据えるというものである.タンパク質にはそれぞれ個性があり,健気な頑張り屋さん,正直者やひねくれ者などいろいろなものがある.細胞の性質は最終的にはタンパク質が決めているのであり,こうしたタンパク質たちの魅力あふれる個性を描こうと心がけた.

わかりやすい記述と厳密さを両立させることはなかなかむつかしい.そこで,なるべく直感的でポイントをつかみやすい図を多く入れた.本書のほとんどの図は,筆者が鉛筆で書いたものをそのまま使ったものである.また広い分野を網羅的に書くことをせず,基本的な事柄を押さえ,その中で興味深い最新のトピックスにもふれることを目指した.したがって本書に書いたことがらはシグナル伝達の全体のごく一部にすぎないが,タンパク質のさまざまな働きによっていかにして細胞膜上のシグナルが核にまで伝えられるかという基本的な道筋はカバーできるように努めた.またシグナル伝達系の因子は複数の研究室からほぼ同時に報告されることも多い.公平に書くには複数の名前を併記し名前の変遷にもふれることが望ましいが,読者の理解のためにあえてイメージを捉えやすい名前のみを用いた.この点はご理解を願いたい.

本書が読者に親しみのもてる本に仕上がっているなら,羊土社の担当者杉田真以子氏の功績が大きい.読者の立場に立って,言葉遣い,レイアウトや図の色など,きめ細やかに的確なアドバイスを下さった.そのおかげで当初のものより随分と読みやすく改善されたと思う.また読者の理解の助けとなる写真を提供して下さった方々にも感謝の意を表したい.筆者の属する職場のみなさんにはいろいろ貴重な意見をいただいた.特に本書で使われたキャラクターのデザインは研究室の浅見淳子さんの案に基づくものである.あわせて感謝したい.


筆者はお酒が大好きである.それが昂じて,ついには肴も自分で作るようになってしまった.穴子有馬煮,鯊の天麩羅,浅蜊佃煮,縮緬山椒,椎茸昆布などである.また魚も自ら釣ってきて捌いている.別に料理に実験との共通項があるから読者のみなさんに勧めるわけではないが,自分で作ったものは最高級レベルかどうかは問わないにせよ自分なりの創意工夫が発揮できることは事実である.それが楽しい.しかも再現性は全く要求されないのだ.実験の場合には結果がともなわないことも多いが,酒の肴には酒が美味しく飲めるという結果が常についてくるので日曜日は料理の日なのである.

最後に本書を「いちごみるく」に夢中のわが息子,いたると,よきパートナーである恵子に捧げる.

2002年 2月

服部成介

目次

はじめに-シグナル伝達ワールドへようこそ

シグナル伝達ってなんだろう-生命現象の主役を求めて

シグナルを流れとして捉える-点から線へ,さらにはネットワークへ

シグナル伝達研究の魅力

1 シグナル伝達の歴史と成り立ち

Keyword

歴史をつくった人々

がん遺伝子の発見とトリ肉腫ウイルス

肉腫をつくるSrc タンパク質はチロシンキナーゼだった

増殖因子受容体もチロシンキナーゼだった

がん遺伝子は細胞の中にもある遺伝子だった

ヒトからとられたがん遺伝子ras

三量体G タンパク質とセカンドメッセンジャーの発見

小さな生き物たちからの贈り物-モデル生物を用いたシグナル伝達研究の発展

Ras の活性化-遺伝学とシグナル伝達の幸福な関係

2 シグナル伝達基本中の基本

Keyword

タンパク質のモジュール構造-相手探し

奇妙ながん遺伝子crk

SH2 はチロシンリン酸化タンパク質と結合する

SH3 はプロリンに富む領域に結合する

まだまだあるぞモジュールたち

ヒトはどのくらい複雑か?

シグナルを伝えるための4つの How to

タンパク質のリン酸化

GTP 結合タンパク質によるヘンシン

セカンドメッセンジャーによる活性化

切断による活性化

3 細胞膜上のできごと

Keyword

受容体はどのようにしてシグナルを細胞内に伝えるか

チロシンキナーゼ受容体はどのようにシグナルを伝えるか

受容体を起点としたシグナリング複合体

7回膜貫通型受容体はどんなシグナルをどのように伝えるのか

GTP 結合タンパク質のプロフィール

4 細胞膜から核へ

Keyword

MAPキナーゼカスケード- 3つのキナーゼのカセット

MAPキナーゼの仲間たち - ERK, JNK, p38, ERK5

MAPキナーゼシグナルの強さと持続性

横道にそれないための工夫-足場タンパク質

ERK の核内移行

TGF- βスーパーファミリーとSmad によるシグナル伝達系

JAK - STAT 系のシグナル伝達系

Notch シグナル伝達系 - 分化演出の舞台裏

5 核─細胞質間の物質コミュニケーション

Keyword

核の出入国管制官-核膜孔複合体NPC

核移行シグナルと輸送のしくみ

Ran・GTPの濃度差がベクトル性をつくりだす

NLS とimportin のさまざまな組み合わせ

核外移行にもRan が関与する

どんな因子が制御されているのだろう

M期の進行を制御するMPF と核移行

ERK の核移行の鍵はMEK が握っている

細胞周期M 期の微小管再構築と輸送タンパク質

M期微小管制御のスーパースター:Ran

importinも輸送以外の大事な機能があるらしい

6 アポトーシスとシグナル伝達

Keyword

アポトーシス-積極的な細胞死

線虫-アポトーシス研究の聖地

ろ胞性白血病とbcl-2遺伝子-がん研究からわかったアポトーシス抑制遺伝子

アポトーシスを誘導する不思議な抗体- Fas の発見

Fas が死の引き金を引く

ミトコンドリア-もう1つのアポトーシス経路

Bcl-2 ファミリータンパク質-正義の味方と獅子身中の虫

PI3- キナーゼ- Akt 系による生存維持

カスパーゼファミリーと機能からみたグループ分け

カスパーゼの基質たち

CAD とICAD との至高の関係

DNA 分解の異常はさまざまな疾患を招く

「私を食べて」シグナル

To be, or not to be : that is the question.

7 がんとシグナル伝達

Keyword

シグナル伝達とがん研究のつながり

がんによる死亡率は依然として高い

どのような遺伝子の変異ががんを引き起こしているのか

チロシンキナーゼ受容体変異とがん

オートクリン型の増殖異常

染色体転座が導くがん- Bcr-Abl

TEL とTPR -オリゴマー化の元凶

GTP 結合タンパク質の変異とがん

はじめにとられたがん抑制遺伝子-Rb

p53:1993 年度Molecule of the Year

ヒトパピローマウイルスと子宮頚がん

大腸がんとAPC 遺伝子とWnt シグナル

8 分子標的薬

Keyword

シグナル伝達因子をターゲットとした創薬の展開

副作用の少ない薬

抗がん剤の難しさと分子標的薬のメリット

分子標的薬の標的

チロシンキナーゼを対象とした医薬品- EGF 受容体ファミリー

Abl 阻害剤

血管新生を阻害する

細胞表面抗原を標的とした抗体医薬

抗体をヒト化する

抗リウマチ薬

セリン/ スレオニンキナーゼを対象とした分子標的薬

γ - セクレターゼ阻害剤

in silico 創薬

9 身近な病気・老化とシグナル伝達系

Keyword

ピロリ菌と胃潰瘍

ピロリ菌感染と胃がん- CagA タンパク質

寿命と健康と生活習慣病

肥満-本当にわるいことなのか?

肥満と糖尿病-その鍵を握っているのは脂肪組織だった

食欲抑制の鍵-レプチン

アディポネクチン-脂肪組織からの援軍

線虫の寿命とインスリン

酵母の寿命とSir2

赤ワインで長生き

20年間霊長類を観察した研究

10 新しい技術のシグナル伝達への応用

Keyword

プロテオミクスってなんだろう?

プロテオミクスを可能にしたもの

プロテオミクスの道具-二次元ゲル電気泳動

タンパク質の質量分析による同定

プロテオミクスでわかること-リン酸化プロテオーム

プロテオミクスでわかること-インタラクトソーム

細胞の表情をプロテオームで表現する

シグナル伝達の可視化 - "どこで" がみえるようになった

細胞内シグナルの可視化- FRET

おわりに

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書籍情報

  • ISBN:9784758120128
  • ページ数:246頁
  • 書籍発行日:2010年3月
  • 電子版発売日:2013年1月1日
  • 判:A5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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