はじめに

「輸血」という治療行為は、もっとも身近でありふれた治療のひとつである。「輸血専門医」という資格などなく、研修医を始め医師なら誰でも行うことができる治療行為である。わが国では、赤十字血液センターへの電話１本で輸血用血液製剤が手元に届き患者に投与できるシステムが確立されており、輸血を行う医師にとっては大変便利である。しかしその反面、安易な輸血による輸血副作用の増加や、輸血量増加による血液製剤の不足および医療財政の圧迫などが問題となっている。

近年の輸血学の進歩はめざましく、今や医療機関の幹部～中堅医師が教育を受けた時代には知られていなかった科学的事実が次々と明らかになりつつある。しかし臨床医は、自身の専門領域においてはup to dateな情報を吸収しようとするが、日常的に行っている「輸血」について、今さら勉強しようなどと考える者は少ないのが現状である。

輸血は広い意味では臓器移植の一環であり、その必要性や副作用を慎重に検討した上で、使用指針に基づいて適切に行うべき治療である。このごろは主に輸血部門を中心に「適正輸血」を遵守しようという動きが盛んであるが、実際に血液製剤をオーダーし使用する臨床医にその意識が薄いことが非常に問題である。「輸血は、足りないと危ない（心配）」「多めに輸血するほうが安全（安心）」という認識が根強く残っている。しかしもっとも大切なことは、輸血部門と臨床医が一体となって"実効性の挙がる最小限の輸血"を目指すことであると言える。

そして最近、輸血の分野でもっとも注目すべきテーマとなっているのが「止血のための輸血治療」である。特に大量出血患者における止血については、わが国では数年前まで有効な方法を議論されることすらなかった。しかし近年、止血にとってもっとも重要な「止血凝固能」を簡便に短時間で評価できる方法（POCT: point of care testing）が登場し、止血のための輸血治療に貢献し始めている。この輸血治療に不可欠なのは、低下した凝固能を一気に上げて止血に寄与する、濃縮血液製剤の存在である。

本書では最新のエビデンスに基づいて、「科学的な輸血治療」「輸血による止血戦略」などにつき、図表を用いてわかりやすく解説する。目指すのは"真に患者のためになる輸血""患者を救う輸血"について考え、知識を深めていただくことである。輸血に携わる機会の多い医師はもちろんのこと、若手医師や臨床検査技師など幅広い医療スタッフの方々に読んでいただけたら幸いである。

2016年10月

山本 晃士