発刊に寄せて

ケースメソッドはハーバード・ビジネススクールが開発、改良し、わが国では慶應義塾大学ビジネススクールがいち早く導入し、経営学の実践的な授業方法として広く普及している。北里大学医学部で開講されている株式会社エスアールエルの寄附講座「医療経営学」では、ケースメソッドを使った医療経営の勉強会を毎月開催しているほか、医療管理学や医療安全学の医学部学生教育にもこの授業法を活用。単なる知識の伝授では養われないコミュニケーション能力やリーダーシップの涵養に役立てている。学生たちはケースを読み自ら考え討論することを通じて、内的創造性を刺激されるとともに多様性や価値観の違いを認識し、クラスに学びの共同体が形成される。

本書は、医療経営学講座での毎月のケースディスカッションを紙上に再現したものである。取り上げた題材は、いずれも実際にあった病院やクリニックの例をケースとして作成し、ケースディスカッションしたものに、医療経営を学ぶ入門書として役立つよう解説を加えて作成した。本書の第1巻を2014 年に刊行したところ予想以上の好評を得たことから、新たにケースを厳選して収集し第2 巻とした。この間、医療経営のケースディスカッション勉強会の参加者が増え、本書の著作協力者として加わっていただいた。

国民医療費が抑制される一方で、多くの急性期病院が包括支払制度（DPC/PDPS）を取り入れ、さらに医療政策として地域医療構想が実施されようとしている。少子高齢化の次には多死時代と人口減少が現実のものとなりつつある。市場が狭まるなかで、安全で質の高い医療を継続的に提供するためにはマネジメントの導入が必須である。

しかし、わが国には医療のマネジメントを体系的に学ぶ施設はまだ少なく、医療経営に関する書籍も限られている。しかも医療経営の専門書の多くは、マネジメントを体系的に学ぶ機会の少ない現場の医療者にとって親しみにくい。本書は医療者にとって身近である実際の医療現場のさまざまなケースを題材としており、ディスカッションを通読することで、読者自身が議論に参加して得られるケースメソッドの醍醐味の一端を体験しながら、医療経営の基本的な知識を学ぶことができるように構成されている。

また、本書の最後のケース「ジリ貧病院の再生」は、実際のディスカッションの教材として用いていただけるよう素材のみを提供している。その後のディスカッションについては、日経BP 社のウェブサイトで提供していく予定だ。

本書をきっかけに医療のマネジメントを学ぶ現場の医療者が増えることで、経営基盤が安定し安全で質の高い医療を持続的に提供する医療機関が増えることを願っている。

本書の作成・編集は、第1巻に続いてメディファーム株式会社の小林正宗社長に負うところが大きい。ケースメソッド教授法は慶應義塾大学ビジネススクールの竹内伸一先生と法政大学大学院の高木晴夫教授にご教示いただいた。また、寄附講座のスポンサーとして継続した支援をしていただいている株式会社エスアールエルの田澤裕光会長、小川眞史社長に感謝を申し上げたい。

2015 年12月

著者を代表して 渋谷明隆