原著序文
Textbook of Medical Physiology第1版は,ほぼ60年前にArthur C. Guyton(アーサー C. ガイトン)によって書かれました.20人以上の著者によって執筆されている多くのメジャーな医学の教科書とは異なり,Textbookof Medical Physiologyの最初の8版は,およそ40年間にわたって,すべてガイトン博士ただ一人によって執筆されました.ガイトン博士には,生理学を楽しく学ぶために必要な,複雑なアイデアを明解でかつ興味深い方法で伝えるための天賦の才がありました.彼がこの本を執筆したのは,学生が生理学を学ぶのを助けるためであって,専門分野の同僚たちを感心させるためではありませんでした.
私はおよそ30年の間,ガイトン博士のそばで働かせていただき,第9版と第10版の一部を書かせていただくという光栄にあずかりました.ガイトン博士の2003年の自動車事故での悲劇的な死の後,私は後に続く版を完成させるという責任を負ったと感じています.
私にはこのTextbook of Medical Physiology第13版を著すに当たって,これまでの版と同じ-生命維持のために人体のさまざまな細胞,組織,器官がどのように協調して働いているのかを学生たちに理解しやすい言葉で説明する-という目標があります.
この仕事は,私たちの生理学の知識が急速に増加し,身体機能の新しい謎を次々と明らかにしているので,挑戦的で楽しいものでした.分子生物学および細胞生理学の進歩は,多くの生理学の原理を,単に別々の説明できない生物学的現象が連続しておきているということとしてではなく,分子生物学と物理学の言葉で説明することを可能にしました.
しかし,Textbook of Medical Physiologyは,生理学における最新の進歩の概要を提供しようとする参考書ではありません.この本は,"学生のために書かれる"という伝統を続けていて,医学,歯学,看護など医療関連業務でのキャリアを開始するために必要な,そして,生物科学分野と健康科学分野での大学院における研究においても必要な生理学の基本原則に焦点を当てています.また,ヒトの病気の病態生理を理解するために必要な基本原則を見直すことを望む医師および医療従事者にとっても有用なはずです.
私は,過去において学生たちに有用であった教科書の統一した構成を維持し,学生たちが専門的なキャリアを進む間,この本を使い続けられるよう,十分包括的な構成になるように努めました.
私の希望は,この教科書が人の身体とその多くの機能のすばらしさを伝え,学生たちが自分のキャリアを通して生理学を学ぶことを励ますことです.生理学は基礎科学と医学をつなぐものです.生理学のもつ偉大な美しさは,生理学が身体の異なる細胞,組織,器官の個々の機能を機能的な全体,つまり人体に統合することにあります.確かに,人体はその部分の合計よりもはるかに大きく,人が生きているということは,互いに離れた個々の身体部分の機能だけでなく,この全体としての機能に依存しています.
このことからひとつの重要な疑問が出てきます:体全体の適切な機能を維持するために,別々の器官とシステムがどのように調整されているのか? 幸運なことに,私たちの体には,それがなければ生きられない,必要なバランスを保つためのフィードバック制御の巨大なネットワークがあります.生理学者はこの高レベルの身体内部の制御をホメオスタシス(homeostasis)と呼びます.
疾患状態では,しばしば機能的バランスがひどく妨げられ,ホメオスタシスが損なわれます.ホメオスタシスの乱れが1回でも限界に達した場合,体全体としては,もはや生きてはいられません.ですから,この教科書の目標の1つは,身体のホメオスタシス機構の有効性と美しさを強調し,病気にかかった時の異常な働き方を示すことにあります.
もう1つの目標は,できるだけ正確であることです.
世界中の多くの学生,生理学者,および臨床医からの示唆や批評で,テキストに書かれた事実の正確さとバランスをチェックしています.それでも,数千ビットの情報を並べ替える際にエラーが発生する可能性があるため,すべての読者に誤りや不正確な記述について知らせていただくことを望んでいます.生理学者は,人体が適切に機能するためにはフィードバックが重要なことを理解しています.ということは,生理学の教科書を漸進的に改良していくためにもフィードバックが重要だということになります.すでに助言をくださった多くの方々に心からお礼を申し上げます.あなた方のご意見は,テキストをよくしていくのに役立っています.
第13版のいくつかの特徴について簡単な説明が必要です.多くの章で,生理学の新しい原理とこの原理を説明するための新しい図を載せるように改訂されていますが,医学生や医療関連業務の生理学コースで効率よく使えるように,本全体のサイズに制限を設け,テキストの長さには十分気を配っています.多くの図は描き直され,フルカラーになっています.新しい参考文献は,第一に生理学的原理を示すため,その参考文献の質を保つため,そしてそのアクセスを容易にするために選択されています. 章の最後に載せた参考文献(selectedbibliography)には,主にPubMedのサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/)から自由にアクセスできる,最近発表された科学雑誌の論文が掲載されています.この参考文献を使い,また,相互参照(cross-reference)することで,生理学の分野全体をほぼ完全にカバーすることができます.
残念なことに,できるだけ簡潔にしようとすると,多くの生理学の原理について,私がふだん望んでいるよりもずっと単純に,そして断定的に表現することが必要になりました.しかし,健康や病気についての人体の複雑な機能を理解する上で残っている,意見の相違や未解決の疑問については,参考文献を使ってより詳しく学ぶことができます.
もう1つの特徴は,印刷文字が2つのサイズにレイアウトされていることです(訳者注:本翻訳版では,文字のサイズは変更せずに,全頁共通としました).大きな文字で印刷されている部分は,事実上あらゆる医療活動や研究の場面で学生が必要とする基本的な生理学の情報です.
小さな文字で印刷されていて,薄い青色(本翻訳版では淡い紫色)の背景で強調表示されている部分にはいくつかの性質の異なる情報があります:①その場での議論に必要だが,ほとんどの学生は他の教科でより詳細に学習する解剖学,化学,その他の情報,②臨床医学の特定の分野で特に重要な生理学的情報,③特定の生理学的メカニズムについて,より深く勉強したいと考える学生にとって価値のある情報.
この本を出版するに当たって,貴重な提案いただいたUniversity of Mississippi Medical Centerの生理学・生物物理学教室の同僚をはじめ,協力をいただいた多くの人に心から感謝の意を表したいと思います.私たちの教室員のメンバーと,研究と教育活動の簡単な説明はhttp://physiology.umc.edu /にあります.すばらしい秘書業務をしていただいたStephanie Lucasと優れた図を描いていただいたJames Perkinsにも感謝しています.MichaelSchenkとWalter(Kyle)Cunninghamにも,たくさんの図を描いていただきました. また,Elyse O'Grady,Rebecca Gruliow,Carrie StetzをはじめとするElsevierチーム全体の優れた編集と製作にも感謝いたします.
最後に,Arthur Guytonに対して,過去25年間にわたってTextbook of Medical Physiologyに関与できたこと,生理学分野でエキサイティングなキャリアを重ねられたこと,彼の友情,そして彼を知っているすべての人々にインスピレーション与えてくれたことに感謝いたします.
John E. Hall
(ジョン E. ホール)