はじめに

漢方は現代医学的な診断学が確立する前からの知恵です．昔から老化はみなが知っている状態でした．不幸にも夭折しなければ，誰もが感じる『老い』でした．そんな『老い』からすこしでも逃れたい，『老い』をできる限り遅く迎えたいという願いは，現在も昔も変わりません．漢方は生薬の足し算の叡智で，その有効性を人体実験で確かめてきた歴史です．がん治療にどこまで漢方が有効かはまだまだ未知の世界です．昔は体表の乳がんはがんとして理解できたでしょうが，体のなかのがんは，解剖が公には御法度の時代に，そしてCTスキャンや超音波検査がない時代には，ほとんど理解できない病的概念であったはずです．一方で『老い』は誰もが理解できる病態で今風の画像診断も必須ではありません．つまり『老い』の漢方治療，『老い』ないための漢方治療，『老い』から逃れる漢方治療には現代西洋医学の何倍もの歴史があるのです．ですから『老い』は漢方がある意味得意な分野なのです．だからこそ，この本では漢方的な概念もある程度加えています．漢方的に『老い』は腎じん虚きょで，血けっ虚きょで，気き虚きょで，枯こ燥そうで，気うつといわれても，そこにあえて反駁する必要もないほど的を得ています．そして，それぞれの仮想病理概念とも思える状態に有効である漢方薬はラインアップされているのです．そんな昔からの知恵をわかりやすくフローチャート的に解説したものが本書です．

最近フレイルという概念が提唱されました．早期に介入すればもとに戻る段階ということです．漢方的には未病という文言にも通じます．医療費高騰の昨今，とても大切な概念と思っています．一方で漢方は昨今の診断技術が登場する前の知恵です．ですから，現代医学的な病名に，『もどき』や『みたい』，『らしい』などがつくと，そんな状態がすべて治療対象になります．フレイルでは，フレイルもどき，フレイルみたい，フレイルらしいなどなんでもよいのです．ピンピンころりは誰もが描く素晴らしい老後の姿でしょう．そして要介護の期間を短く，要介護に至るまでの時間を長くすることは，心がけによって，些細なことの積み重ねによって可能です．現代医学と比べると漢方はある意味些細なことかもしれません．でも保険が利いて，そして昔の知恵の集大成ですので，是非フレイルにも利用しようではありませんか．本書はそんな知恵をまとめた書籍です．フレイルという概念に漢方が有効であることは漢方を使用している医師には当然に思えます．しかし，漢方が苦手，漢方が嫌い，漢方には疎遠であった医師に，この本を利用して気軽に漢方を処方してもらって，そしてその効果をそれぞれの専門の学会で発表してもらいたいのです．漢方が効いたという発表も嬉しいですが，実は漢方は効かなかったという発表も大切です．そんな報告の積み重ねの上に，本当の漢方の魅力が醸造されるのだと思っています．

2017年7月

新見 正則