外科学chirurgiaの原語 は （手）の （術）の意である。"Art andScience of Surgery"という言葉は、外科が science に基づいた art であることを示している。手術は外科そのものであるが、単なる職人仕事ではない。確かに手術には職人的な要素が大きいが、手技と呼ばずに手術というのは、手術が芸術と同様に artだからである。技と術との違いは心がこもっているかどうかである。技も術も手を使って行う"わざ"に変わりはないが、手技、芸技といわずに手術、芸術というのは、いずれにも術者、作者の心が込められているからである。

手術を習得するためには、手術書を繰り返し読み、すぐれた術者のよい手術を数多く見たうえで、イメージトレーニングを繰り返し、自分で実際に手術を経験することが必要である。science の進歩はそのまま次世代に引き継ぐことができるが、 art の習得はその人一代限りであって、獲得した技を次世代に伝えることはむずかしい。そこに外科手術のむずかしさがある。

日本の癌手術は、癌研究会附属病院の故梶谷鐶先生によって始められたといっても過言ではない。先生は古今東西を通じて、世界最高の癌外科医であった。その後、先生を超える癌外科医は出ていない。先生が主宰された胃癌研究会、大腸癌研究会、乳癌研究会によって日本の癌研究、癌手術の基礎が築かれ、わが国の癌手術のレベルは今や世界一である。日本のすべての癌外科医は直接、間接に梶谷先生の薫陶を受け、恩恵を受けている。

本書は、平成13年9月から平成21年3月の8年間にわたって順次刊行された30編の「最新外科手術手技」のテキストに、2編を加えてまとめたものである。このシリーズは、第1集の "刊行の言葉" で述べたように、文字通りわが国の外科の最高の手術のエキスパートの方々に最も得意とする分野の手術を供覧していただいたものである。撮影は、わが国の医学写真の第一人者として自他共に認めるインターメディカ社の赤土正幸氏が担当され、術者の気のすむまで何度でも撮影を繰り返し、手術場面の写真をそのまま使用した世界にも類を見ない手術書である。1枚1枚の写真を通じて術者の "手術のこころ" が読者に直接伝わることを願っている。

赤土正幸氏の卓越した技量と凸版印刷の最新技術が結集された結果、写真としても素晴らしいできばえである。このように素晴らしい手術書を世に送ることができることを幸せに感じている。

平成21年8月