温故知新

機会があって，古い皮膚科文献の翻訳をさせていただいた．19世紀初めの英語となると現在の英語とはやや異なっており，翻訳するのに手を焼いたが，時代が現在に近づくにつれて，英語の文章も訳しやすくなった．古い文献を読むにつけ，現在のようにカラー写真のなかった時代での，皮膚症状の詳細な記載に驚かされる．また，非常に詳細で芸術的な色彩画で示されていることにもびっくりさせられた．そこからムラージュの時代に入る．かつて医学部の学生のときに，ムラージュが講義に出てきたことを記憶しているが，それも室戸台風による浸水のためにほとんどが廃棄されたと聞かされた．大学病院が新しく建て替えられ，移転している中で，全国のムラージュが消失し続けているといわれる．残念なことである．

　アトピー性皮膚炎がバリア機能異常と免疫異常を持つ湿疹性皮膚疾患であることに異論をさしはさむ人はいないだろうが，この病気の原型はローマ時代から存在しており，特別な病名は与えられていなかったようである．VidalやBrocqはこの疾患をNeurodermitisと位置付け，BesnierはPrurigoと位置づけている．両者に共通するのが非常に耐えがたい.痒に注目していることである．前者は神経原性の痒みとし，後者は体質的な痒みであるとしている．神経皮膚症ととるか，痒疹ととるかで過去に多くの討論が行われている．ここにそれぞれの著者の哲学の違いをみることができる．その後しばらくしてSalzburgerが湿疹反応とアトピー性過敏症を統合して，アトピー性皮膚炎なる病名をつくりあげた経緯は，読者もよくご存じのことであろう．

　皮膚病の認識が，時代によって変化するのは，皮膚病そのものが変化していることも関係しているのだろう．顔面播種状粟粒性狼瘡という診断名は一度覚えると忘れることができない病名である．50年前にはこの疾患に遭遇する機会があったが，一時期姿を消してしまい，最近になって再度お目にかかるようになっている．何が影響しているのかわからない．地球環境の変化なのか，生体の変化なのか，興味深い現象といえる．

　皮膚病は変遷するといわれる．時代の流れとともに，消長を繰り返すもの，表現型を変化させるもの，疾患の考え方が大きく変わるもの，などさまざまである．原著を読み直す機会を得て，皮膚病の変遷の興味深さを考えさせられたと同時に，先人の偉大さを実感することができた．若い皮膚科医には，文献の孫引きだけでなく，原著をじっくり味わっていただけると，皮膚科診療の楽しさが倍加するものと思う．

西岡　清