自然を眺め，哲学する科学

日本の臨床研究の信用を大きく失墜したバルサルタン事件の判決が出され，データの改ざんが行われたことは認められたが，改ざんしたデータをもとにして発表した論文の掲載は必ずしも旧薬事法にいう誇大記述・広告には当たらないとして無罪となったとのことである．検察はすぐさま控訴したようである．誇大広告か否かの法的な判断はむずかしいのかもしれないが，一流学術誌への採択・発表は医療関係者の間では非常に効果的な宣伝方法となっており，それをもとにして患者への治療薬の導入・使用が行われているのが現状である．論文作成者には非常に重い責任がかかっていることを忘れないようにしたいものである．ちなみに，臨床試験を指揮した大学教授は辞任に追いやられ，その教授のもとで働いた講師は改ざんの非を認め，両者ともに大きな社会的制裁を受けている．

このところ，研究論文のデータ改ざんは大きな話題となっている．現在の研究は昔のそれとは大きく様変わりし，調製された試薬の入手も簡単で，遺伝子改変動物も専門の会社が請け負ってくれるようになっている．そのため，研究者自身はアイデアを練ることと，研究費を調達し，論文を作成することが中心になってきている．さらに，現在のIT時代では，データを簡単に作成することができ，コピーアンドペーストで偽造することも容易になっている．かつてのように，試薬の調製から動物の世話までみながら，汗水たらして得た研究データの価値とはかなり異なっているようである．

時代の進歩はすさまじく，論文の不正を見つけるコンピューターソフトができているのだそうだ．そこまでして論文を出したいとは思わないが，業績至上主義の時代ではやむを得ないことなのかもしれない．これに比べると本誌の論文はいずれも臨床例にもとづいているので，無理やり偽造する必要性は乏しい．むしろ事実をそのまま記述してくださることが大切であり，読者にとっては非常に役に立つ情報となっていると信じている．科学の中で占める「自然」の在り方は，「自然に挑戦する科学」，「自然を眺める科学」，「自然と調和する科学」など，さまざまである．皮膚科学は，「自然を眺める科学」に属するのかもしれない．自然（皮膚）を眺め，取っ組み合い，そして哲学して，自然の中から真実を探し出そうとする形で進んできたのではないだろうか．真実を見つけ出したときの喜びは大きく，皮膚科医が自らの天職であるといった感覚にも陥るくらいになる．若い皮膚科医の方々には，早い時期に，ぜひとも，その喜びに触れていただきたいと願っている．皮膚病を診て喜びを感じる皮膚科医がより多く出現することを期待したい．

西岡 清