良い習慣

100歳を過ぎても矍鑠として活躍されている聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が，健康の秘訣として実践している良い習慣がある．第一は愛することを心の習慣にする，第二は良くなろうと思う心を持つ，そして新しいことにチャレンジする，集中力を鍛える，目標となる人に学ぶ，人の気持ちを感じる，出会いを大事にする，腹八分目より少なく食べる，食事に神経質にならない，なるべく歩く，大勢でスポーツを楽しむ，ストレスを調整する，責任を自分の中に求める，やみくもに習慣にとらわれないという15項目である．これらは日野原先生にとって長年培ってきた習慣であるが，世代をこえて共感できる項目が多い．医学会の超人や仙人だからこその習慣と割り切ってしまうにはもったいない．忙しい診療といっても，無味乾燥とした事務的な診療に留まらず，多少なりとも暖かな風が流れるほうが診療自体はスムーズになる．穏やかな喋りと相手の目を見て話すことは重要で，罹患部位とパソコン画面にばかり集中して，診療最後にやっと相手の背中を見るような診療は慎むべきである．

昨今では医療事故や医療ミスを予防するために，名前確認や業務確認の徹底が推進されている．十分な名前確認をせず，誤って違う人に不必要な医療行為をした事例を当科で経験した．大きな事故にはつながらなかったものの，以後は医局会で初診含めほぼ全員に患者からの名前確認を行うようにした．今回の事例が大きな教訓となり，医局員からの反発もなく順調に行っている．最近ではどの診察室からも名前を呼称する患者の声が聞こえ，すっかり良い習慣になっている．

最近，画期的なこととして新薬の発売が続いている．新薬の採用を願ってMRの訪問が盛んになり，院内の説明会や，発売記念と銘打った講演会が増えた．新しい薬剤の導入により治療の選択肢が増えると日常診療は楽しい．治療効果が上がれば患者の満足度も上がる．とくに，乾癬治療における生物学的製剤の導入により，大幅に有効例が増えている．外用が要らないPASIクリアの時代が訪れている．上記の講演会などでスペシャリストに治療の極意を聞き，上手な使用法，使用上の注意や副作用など，疑問点を解消できれば新薬を導入する際に大いに役立つ．

日々の診療に疲弊すると，地域の医会，講演会や学会などに参加することに躊躇いを感じることもある．ところが，参加すると情報交換ばかりか新たな出会いにより良き仲間に巡り合えた経験は私にもある．現代は飽食と娯楽の時代，自らが作った良き習慣が厳密には守れない，継続できないというときもあると思う．悪しき習慣とわかっていても，魅惑的であり思わずのめり込むこともある．それを自覚して治そうという思いは忘れてはならないし努力すべきである．

個人的な話であるが2016年3月に大学を退職した．それまでの自科の責任者や院内の要職から外れ，束縛のない自由な生活をエンジョイしながら，今後の新たな生きがいや良い習慣を現在模索中である．

向井 秀樹