テリトリー

よくあることだが，一つの症例が複数の科にまたがることがある．どちらも症例発表したい場合があり，さらに論文にするとなると二重投稿の問題が出てくる．科によって強調したいポイントがずれるので，お互いにその科からみた興味深い点を論じてもらえればよい気もするのだが，最近はそうもいかないようである．

大学外の病院でのことであるが，脂腺癌からMuir-Torre症候群と診断した症例があった．消化器癌を担当した科がそれに興味を持ち論文にしたいということになり，皮膚科の資料一式を渡した．皮膚科の共著者のない（もしかするとその科は，皮膚科はまた別に論文にすると思ったかもしれないが），刷り上がった論文を見せてもらったが，皮膚症状には焦点を当てておらず，とおり一遍のようなものであった．こちらとしては他科に入院中に皮疹を担当しただけであり，消化器癌を治療した外科がまとめて報告するのは仕方ないと思うが，せっかくの貴重な症例が埋もれてしまうのは少しもったいない気がした．

また別の症例であるが，口唇の難治性皮疹のため，最初某大学の歯科口腔外科を受診したらしい．もちろん診断がつくわけはなく，近くの総合病院皮膚科を受診した．その病院に出向いた際，初めて患者さんと生検標本を同時に見せられたが，同じような症例を以前経験していたので，すぐにpyostomatitis vegetansと診断がついた．プレドニン内服を開始し，かなり時間はかかったが皮膚粘膜症状は色素沈着を残して改善した．そこまではよいのだが，ある日突然その歯科から電話があり，珍しい症例なので発表したいから資料を貸して欲しいといわれた．ちょっとビックリである．上司にいわれて電話をしてきたであろうから少し可哀想になり，どうしようか迷ったが，どのように使われるかわからない点が怖いところである．このような申し出は，厳しい言い方をすれば，「検査，診断，治療はそちらでやってください．発表はこちらでしますので」といっているようなものであり，よく上司がそんなことを許すものだとあきれた．

こういう事例はほかにいくつもあり，現在の施設に来てびっくりすることが少なからずあった．自分たちが若い頃，もしそんなことをしようものなら，教授にものすごく怒られたであろう．当たり前だが，自分たちが大して関わっていない症例をさも自分たちがやったかのように話をするのは恥ずべきことである．難治な皮膚症状に対して他科で新しい治療をした症例を発表したいといった医局員に，「君ね，質問されても何も答えられないでしょ．自分でやってないんだから」といったこともある．患者を紹介しただけなら，せいぜい共著者に名前を入れてもらうのが関の山だが，その辺の，いわば常識がわからないのである．悪気はないのだろうが，おそらくそういうことをいってくれる上の先生がいないまま，学年ばかり上がってきてしまったのだろう．モンスター医局員ならまだしも，モンスター教授はこれからの若い世代に増えないでもらいたい．

山本 俊幸