医者の流儀

不景気な出版業界にあって，累計165万部を越える国民的ベストセラーシリーズが伊集院　静氏の執筆した"大人の流儀"である．現在第7弾が発売されており，シリーズ本のいくつかを読まれた方もいることと思う．遅ればせながら私も読む機会があった．"他人が困っているときに優しくできるか．幸福のすぐ隣に悲しみがあると知れ．大人になるとはそういうことだ" "心の勇気と覚悟に出会える本物の大人になりたいあなたに伝える大人の流儀"．大人として当たり前と思われることがポイントごとに書かれている．現代の若者には，実は当たり前のことが欠落していると嘆く前に，誰かが教える必要があるなど，何をいまさらと思えても共感する人が多い，だからこそベストセラーとしてシリーズ化され幅広い支持を得ているのだろう．

医師と患者という構図の中で，赤鬚先生のような信念を曲げない頑固な医師も必要である．親しみが持て癒される，あるいは信頼関係がある医師がいても構わない，愛想がなくてもしっかりとした治療を遂行する医師もいるだろう．医師はそれぞれの個性を有し，それぞれの流儀で日常診療を行っている．治療法や診断法においても，昔から大学ごとに流儀が異なっていた．それを個性と表現する向きもあるが，患者サイドに混乱を招くことがある．たとえばアトピー性皮膚炎の治療現場において，ステロイドバッシングに伴う治療混乱期を経験してきた．最近では大学ごとの流儀を捨てて，診療や治療ガイドラインが作成され日本皮膚科学会の流儀が普及して一般化している．これによって，重症かつ難治性の患者が大幅に減った．よい意味での流儀が普遍化することは悪くない．そこには，もう個人や大学といった垣根は不要である．

また，地域や県および都皮膚科医会さらに全国レベルの学会の講演会やシンポジウムを通して，新しい時代に求められる知識やツールを共有し浸透させることはよいことであり，時代の要望に沿った必要不可欠な流儀といえる．

決して，大それたことを考え行うのではない．皮膚科学における素晴らしい伝統的な流儀は守り，次世代に伝承する．現代という時代に即した新しい流儀を模索して適合するものを作り，まとめ，普及させる．それを次世代は継承し十分に考えることが重要となる．生物学的製剤による治療を含めた皮膚科治療学の発展，治療法のコンプライアンスやアドヒアランスの向上といった今世紀の流儀も，病態を考えて進化した治療法であり，古くから考えられていたが適切なネーミングと概念を明らかに浸透させた貢献度は高い．いまという時代を構成するわれわれが作った皮膚科学の流儀を見直すとともに，なおいっそうよりよいものに磨くことも忘れてはならない．

向井 秀樹