第5版 序
「外科病理学」は,第1版(石川栄世,牛島 宥,遠城寺宗知編集,1984年),第2版(石川栄世,牛島 宥,遠城寺宗知編集,1990年),第3版(石川栄世,遠城寺宗知編集,1999年),第4版(向井 清,真鍋俊明,深山正久編集,2006年)と改訂が重ねられ,この度,14年の歳月を経て第5版を出版することとなった.「実用性を重視した病理診断医の座右の書」という初版からのコンセプトを守って,量的に2分冊を維持する一方,執筆者は適宜世代交代し,内容は最新のものとなった.写真もカラーとなり,美しく生まれ変わっている.
この十数年の間に,病理診断学の状況は大きく変化した.分子生物学の病理学への応用によって,従来の疾患概念が修正され,新しい疾患概念も多く誕生した結果,腫瘍のWHO分類に大きな変更をもたらしている.また,疾患概念の変化に加え,技術的にすでにルーチン化した免疫組織化学染色に多数の新たな抗体が導入され,疾患の診断の強力な補助手段となっている.さらに癌治療の進歩に伴って,コンパニオン診断といった治療法選択に直結した病理診断が,診療現場で日常的に求められるようになった.病理医はこれらの変化や臨床の要請にしっかりと応える責任があり,結果として病理医に求められる診断の量は増え,また質も高度なものとなった.本書では,従来から変わることのない病理形態学的所見を土台としながらも,これらの膨大な新知見を吟味,整理して盛り込み,最新の診療に堪えうる使いやすい書籍を目指した.
一方で,病理診断のインフラも近年大きく変化している.各施設の病理部門において,電子カルテに連動した病理部門診断支援システムや自動免疫染色装置は標準装備となっている.また,情報環境も進化し,最新の医学文献情報を各個人のパソコン,スマートフォンから容易に入手することができる.病理組織像の参考画像情報もインターネットから得ることができ,コンサルテーションシステムも充実し,利用しやすくなった.今後はAI技術の発達により,さらに利便性の高い病理医支援ツールの開発も期待される.このように以前には考えられなかったほど便利になったとはいえ,本書のような紙媒体の網羅的な書籍は依然として有用で活用すべきである.本書を手に取りページを繰れば臓器の疾患を一望,俯瞰することができ,また,知識を集約,容易に比較することができる.本書は病理専門医の日常を支える実用書であり,また病理専門医資格取得のための支援ツールとして通覧すべき教科書でもある.
本書の完成は,ひとえに執筆陣に加わっていただいた専門病理医の先生方の豊富な経験,知識,深い智慧,そして熱意による.心から敬意を表し,深く感謝申し上げます.
また,伝統的な本書の改訂を決意し支えていただいた株式会社文光堂社長浅井麻紀氏,企画から発刊まで誠心誠意尽力された編集部の佐藤真二氏,松本夏美氏,鈴木貴成氏に心からお礼申し上げます.
病理専門医を目指す専攻医,病理専門医の方々には,是非とも本書を日々の病理診断の場で参照し,より深い知識の窓口として十二分に活用していただくことをお願いしたい.
本書が病理医にとって信頼のできる力強い座右の書となることを期待している.
2020年4月
深山 正久
森永正二郎