はじめに
「栄養療法にはドラマがある！」

私たち栄養療法のマスターはなぜ栄養療法にこだわるのでしょうか．その理由の1つは栄養療法にまつわるドラマに魅力を感じているからかもしれません．栄養療法のドラマには，食べられなかった患者さんが食べられるようになって退院していくストーリー性や，「栄養でよくなる？そんなのフィクションだろ」と栄養療法を頭ごなしに否定する上級医，病院食に難癖をつける患者さんなどの個性豊かなキャスト陣，食事内容や指示を変えたらどうなるだろうというドキドキの展開があります．そして栄養不良という最大の敵と対峙し，最後はハッピーエンドをつかみたい！マスターたちは心のどこかでそう願っているのかもしれません．このドラマはどの病院，どの診療科でも経験できますが，この面白さは，実際に経験した人にしかわからないと思います．

ドラマをおもしろくするためには，栄養療法を武器にする必要があります．食事形態の選択を誤れば誤嚥の原因になります．栄養を与えすぎると酸化ストレスにつながるかもしれないし，頑張ってもなかなか食べられない患者さんに「食事を食べないとよくなりませんよ」と声をかけることだけでも心にストレスを与えてしまうかもしれません．栄養は両刃の剣です．凶器の食事処方箋では栄養“療法”にはなりえません．

ではどうすれば武器になるのでしょうか．経験を積んで挑戦してください．私たち栄養療法のマスターは，自分の担当患者さんに限らず，多くの患者さんと話したり観察したりすることによって経験値を上げています．相談内容は，患者さんが食べてくれないというポピュラーなものから，中心静脈栄養（TPN）の組成を組んでほしい，下痢を何とかしてほしい，在宅に向けた管理方法を教えてほしい，術後の栄養状態が悪くならないようにしてほしい，というものまでさまざま．原因や病態を考え，それに見合った一皿を提供します．ときにはうまくいかないこともありますが，それを記憶・身体に刻み込むことによって栄養療法という技を自在に操れる“force-sensitive”に成長していくのです．

このドリルでは，いわゆる栄養学の成書的な病態についてではなく，臨床の現場に役立つような病態や研修医の先生方が陥りそうな問題点を取り上げました．実際に後進を育てる教育の目をもちながら患者さんに向き合っている先生方，NST活動を行っている先生方，背中で語るタイプではなく熱弁を振るうタイプの先生方に執筆をお願いしました．こういう病態ではここに注意する，こういう問題にはこう対処した方がいい，という肝の部分から，「ちなみに…」とこっそり教えてもらうような内容も書いていただきました．このマスターたちのもとでドリルを解いて百戦錬磨してみてください．また，研修医を教える立場の皆さんにも教え方の参考になるような1冊に仕上がったと思います．ぜひ，チャレンジしてみてください．

皆さんが描くドラマがハッピーエンドに終わることを期待しています．

2020年夏

“One of Nutrition Masters”
泉野浩生