第35版 序
本書の初版は,原著者 金井 泉(1895 年生まれ,1993 年没)が海軍軍医学校在職中に生物学的臨床診断学の教典として執筆し,1941年「臨床検査法提要」として金原商店(当時)から出版された.その内容は尿・血液・髄液・胃液などの検体検査のほか臓器の機能検査を含み当時のわが国における臨床検査をほぼ包括したものであった.戦後の厳しい状況下にあっても阿部正和,小酒井 望,柴田 進,斎藤正行,三輪史朗ら諸先達の協力によって内容が更新され,アメリカの先端的な検査などが的確に収録され,改版が重ねられた.〔原著者 金井 泉は1983 年(第29 版)まで,編集者として本書の改訂に執念を燃やし続けた〕.
監修者 金井正光(原著者長男,1926 年生まれ)は,臨床検査室としての中央検査システムが新設された1960年代より信州大学医学部附属病院中央検査部に勤務し,その管理運営・臨床検査技師の教育と研究に専念した.同時に検査の各領域の専門家の協力を得て本書の改訂・増補を続け,1993年の第30版では総頁1,984頁の大著となり,ほぼ現在のスタイルに至った.
この歴史ある著書を後世に受け継ぐため,2010年の第33版と2015年の第34版の改訂は奥村伸生・戸塚 実・矢冨 裕の3名が編集を分担してきた.以来5年が経過し,臨床検査の進歩と医学・医療の発展に寄与するために,本田孝行を新たな編集者として迎え,さらに国際医療福祉大学の下澤達雄教授,信州大学の松田和之教授,筑波大学の山内一由准教授の3氏に編集協力者とし加わっていただき,さらなる改訂を行ってきた.作業開始以来2年が経過し,初版刊行後80周年の節目であり,2020年東京オリンピック・パラリンピック開催の記念の年に改訂第35版を上梓できることは,大変な喜びである.
今回の改訂では,以下の4点を編集コンセプトとした.
① 最新の検査項目を取り入れ,臨床検査技師養成校の臨地実習や臨床検査技師の初期卒後教育に本書1 冊で対応可能とする.
② 日本臨床検査標準化協議会(JCCLS)の「共用基準範囲」を取り入れた検査データの評価基準を採用し,必要に応じ日本人間ドック学会の「異常なし判定基準」と各専門学会の「臨床判断値」を併記する.
③ 検体検査では読者の利便性を考慮して「コンパニオン診断と臨床検査」の章を廃止し,それぞれ関係の章において遺伝子・ゲノム関連検査を記載することとし,関連して染色体・遺伝子関連検査を大幅に改訂する.また,尿沈渣検査・血液形態検査・輸血関連検査では関連専門学会のマニュアルを参考に,検査手技・判定の標準化に寄与する.さらに,臨床検査室の第三者認定(ISO15189)について記載する.
④ 生理検査では専門的すぎる内容は割愛し,広く行われている検査をバランス良く,わかりやすく解説し,医師・臨床検査技師以外のメディカルスタッフにも利用していただく.さらに,業務拡大により味覚検査,嗅覚検査を新規掲載する.
改訂第34版刊行以降の臨床検査関連の主な動向は以下の通りである.
① 臨床検査技師の業務拡大により鼻腔拭い液や口腔粘膜など5つの検体採取と味覚検査,嗅覚検査が認められる(2015年).
② 薬剤耐性対策アクションプランに基づき,院内に抗菌薬適正使用支援チームが作られる(2016年).
③ 造血器腫瘍のWHO 分類改訂第4版(WHO分類2017)が公表される(2017年)
④ 医療法改正により検体検査の分類改訂と臨床検査の品質保証・精度管理基準の明確化が法制化される(2018年).
⑤ がんゲノム医療が開始され,中核拠点病院・拠点病院などが指定される.また,遺伝子パネル検査が保険適用となる(2019年).
⑥ 測定値の国際的利用のためにALP, LD 測定法がJSCC 法からIFCC 法に変更される(2020年)
ご執筆いただいた次記(執筆者一覧)の諸先生には,本書の頁数の制約から貴重な原稿や図表の削除・修正などをお願いしたことをお詫び申し上げるとともに,ご協力に心から感謝の意を表したい.また,改訂34版までの執筆者である諸先生には貴重な写真・図・表などを転載させていただいたことに深謝する.
現在「検査値の読み方」的な書籍は多数刊行されているが,原著者は実際に手にして検査ができる「マニュアル」であることを目指していた.このため本書の英文表記は“Kanai’s Manual of Clinical Laboratory Medicine”である.今回の改訂第35版が,臨床検査に携わる多くの臨床検査技師あるいは医師に幅広くかつ的確に利用されることを切望する.また,極力誤りのない記述に努めたが,より良い次期改編のために本書に対する忌憚のない意見をいただければ幸いである
最後に,資料提供などで終始ご協力いただいた信州大学医学部病態解析診断学教室・附属病院臨床検査部の教職員,東京大学大学院医学系研究科臨床病態検査医学・同医学部附属病院検査部の教職員各位に心より御礼申し上げる.また,本書の上梓に至るまで多大なご尽力をいただいた金原出版の福村直樹社長,編集部長の吉田真美子,芳賀なつみ,藤嶋也寸彦,校正担当の河合佐知子の諸氏に深く感謝する次第である.
2020年3月
監修者 金井正光
編者 奥村伸生
戸塚実
本田孝行
矢冨裕