臨牀消化器内科 2021 Vol.36 No.10 内視鏡検査で胃癌見落としゼロを目指して

  • ページ数 : 128頁
  • 書籍発行日 : 2021年8月
  • 電子版発売日 : 2021年9月10日
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内容

特集「内視鏡検査で胃癌見落としゼロを目指して」

 本特集の目的は、検診などでの無症状の被検者において,早期癌の見落としを可能な限りなくすために,検査の精度を高めることが目的である.(編集後記より抜粋)

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序文

巻頭言
検診の歴史と見落としを防ぐための課題

2018 年の厚生労働省の人口動態統計では,胃癌は部位別がん死亡数において肺癌,大腸癌に次いで3 位であり,いまだ年間約4.4 万人が死亡する本邦における主要な癌腫の一つである.胃癌の5 年生存率は進行癌では62.6%であるが,早期癌では98.7%と非常に高くなっており,年代的な推移をみても早期癌は1950 年代から診断され,その当時から5 年生存率は82.4%で,1960 年代には90%を超えている(図1)1).このことから胃癌死を減少させるには早期癌での治療が最も重要であることは周知の事実である.

しかしながら本邦において早期胃癌の診断,治療はいつ頃からなされているのか,という疑問をもち,医学中央雑誌において「早期胃癌」をキーワードとして検索してみた.最も古い報告は,昭和18(1943)年11 月の北越医学会で発表された武田善吉医師による「早期胃癌診斷に於て特に注意すべき一二の問題」という会議録であった2).参考までに,その抄録をそのまま以下に記す.

「50 歳男,レ線的に胃癌と診断され,開腹術を施行せしも,触診上悪性の微なかりしが,レ線像に信頼して胃切除たママ施行せるに,粘膜面明かに癌像を呈せり.早期胃癌診斷に於て開腹後胃外表より觸知困難なる胃癌も存する事を注意せり」

つまり,開腹手術時に胃癌を触知しなかったが,レントゲン検査結果を信頼して胃切除を行い,早期の治療を達成した症例であり,胃癌の検査精度の重要性を歴史的に示す報告であると感じた.

本特集のテーマである「胃癌見落としゼロを目指して」は,検診などでの無症状の被検者において,早期癌の見落としを可能な限りなくすために,検査の精度を高めることが目的である.ここで巻頭言として,胃癌に対する検診の歴史を簡単に振り返ってみたい.

本邦では1950 年代から胃部X 線検診が開始され3),1960 年代にはすでに胃集団検診における見逃し例の検討がなされている4).また1982 年から老人保健法に基づいた各自治体の義務としての検診が実施されてきた.

一方,内視鏡による検診は,1970 年代末から開始され5),1983 年度には初めて内視鏡検診として全国集計がなされた6).さらに1995 年には内視鏡検診に経鼻内視鏡の導入が開始され7),2000 年代になり胃がん発生の要因としてのHelicobacterpylori が確定され,その抗体と萎縮性胃炎の程度を示す血清ペプシノーゲン法を組み合わせて胃がんリスクの層別化を行い,リスクが高い症例に内視鏡を行う検診も提唱された8).2014 年には国立がん研究センターによる「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン(2014 年度版)」において,内視鏡検査を用いた複数の観察研究において胃がんの死亡率低下効果が示され,X 線検査と同様に検診として推奨された.

これを受けて,厚生労働省は2016 年2 月に「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」を改正し,対策型検診においても胃内視鏡検診を実施する方針が示された.現在,この方針に伴い多くの自治体において内視鏡検査による胃がん検診が開始され,今まで以上に内視鏡検査の精度が求められている.

しかしながら内視鏡検査においても,一定の頻度での胃癌の見落としは発生する.1983 年から内視鏡検診の集計が開始されたのと同時期から内視鏡検診における偽陰性率の検討がなされており9),内視鏡検査の見落としを防ぐことは,40 年ほど前から重要な課題として検討されている(図2).

また内視鏡検査はX 線検査に比して精度が高い反面,その診断法に関する根拠についてはエビデンスレベルが低いものが多いため,2019 年に日本消化器内視鏡学会から「早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン」として,現時点での指針が示された10).そのなかで,胃癌の見落としを予防するために,通常の内視鏡検査において胃内を系統的に観察し,一定の時間をかけて写真撮影を行うことや,NarrowBand Imaging 等のデジタル画像強調法を用いた観察,胃癌のリスクに関連した内視鏡所見などが示されている.

また最近では,診断される胃癌も時代とともに変わってきている.代表的なものが,H. pylori に対する除菌治療の普及に伴う,除菌後の胃に発見される胃癌である.除菌後の胃癌は,平坦なものが多く,また癌の表層の一部が正常粘膜に覆われた病変もあり,その発見が困難な症例も報告されている11).さらにH. pylori未感染の胃に発生する胃癌も報告されており,印環細胞癌や胃底腺型胃癌など,従来の分化型癌よりも発見が難しい病変もあり,胃癌の発生リスクが低いH.pylori 未感染胃の内視鏡検査においても注意が必要である12).

今回の特集では,総論として,内視鏡検査で見落としやすい病変の現状や,「早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン」のポイント,さらに通常視と画像強調法での検査のポイント,またartificial intelligence(AI)の技術を応用して早期胃癌の検出を行う手法の現状など,各エキスパートに解説をしていただいた.

また各論として,内視鏡医の見落としを防止するための内視鏡写真のダブルチェックが義務付けられている対策型検診,また個人や企業による人間ドックなどの任意型検診,早期胃癌内視鏡治療の前後でのスクリーニングとサーベイランス,胃癌リスク層別化検診に基づいた内視鏡検査,についてそれぞれの現状と見落とさないための工夫などを解説していただき,さらに異なる3 施設からH.pylori 感染状況別に見落としなどの教訓的な症例を提示していただき,それを防止するためのポイントの解説など,特集テーマに沿った盛りだくさんの内容となった.

現在,2020 年初頭からのCOVID‒19 pandemic はいまだ終息しておらず,検診などの内視鏡検査においても引き続き厳重な感染予防を行いながらの実施が求められている.そのような状況のなかでも,日々,胃癌の早期診断のために内視鏡検査を担っている消化器内視鏡医にとって,本特集が実臨床の一助となり,より精度の高い内視鏡検査が実施されることを期待している.

文献

1) 中島聰總,山口俊晴:癌研胃癌データベース―1946‒2004.金原出版,東京,2006

2) 武田善吉:早期胃癌診斷に於て特に注意すべき一二の問題.北越醫學會雜誌 58;986,1943

3) 宮原良二,古川和宏,廣岡芳樹:【胃癌検診の時代的変遷】胃がんのX 線検診.日消誌 117;463‒468,2020

4) 高橋 淳:胃集団検診における間接撮影の検討.消化器病の臨床 5;467‒477,1963

5) 多賀須幸男,桜井幸弘,船冨 亨,他:細径ファイバースコープGIF‒P2 の上部消化管内視鏡としての有用性:2,500 回の使用成績とこれからの消化管検査のありかたに関する一考察.Gastroenterol. Endosc. 20;87‒99,1978

6) 日本消化器集団検診学会全国集計委員会:昭和58 年度消化器集団検診全国集計.消化器集団検診 69‒81,1985

7) 野崎良一:胃癌スクリーニング方式の転換を目ざして―総合健診・人間ドックにおけるスクリーニング用経鼻胃内視鏡の適応.日本医事新報 3712;43‒46,1995

8) 三木一正,笹島雅彦:ハイリスクストラテジーとしてのペプシノゲン法.臨牀消化器内科 23;357‒364,2008

9) 森井 健,梅田勝彦,岡野弥高:胃内視鏡集検におけるがん偽陰性率についての考察.消化器集団検診 14‒19,198310) 八尾建史,上堂文也,鎌田智有,他:早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン.Gastroenterol.Endosc. 61;1283‒1319,2019

11) Ito, M., Tanaka, S., Takata, S., et al.:Morphological changes in human gastric tumoursafter eradication therapy of Helicobacter pylori in a short‒term follow‒up. Aliment.Pharmacol. Ther. 21;559‒566, 2005

12) Yamamoto, Y., Fujisaki, J., Omae, M., et al.:Helicobacter pylori‒negative gastric cancer:characteristics and endoscopic findings. Dig. Endosc. 27;551‒561, 2015


山本 頼正

目次

特集一覧

0[巻頭言]検診の歴史と見落としを防ぐための課題 山本 頼正

1-1 総論 (1) 内視鏡検査で見落としやすい胃癌の特徴 入口 陽介

1-2-1 総論 (2) 胃癌を見落とさないために a. 早期胃癌の内視鏡診断ガイドラインにおけるポイント 井上 貴裕

1-2-2 総論 (2) 胃癌を見落とさないために b. 内視鏡検査のポイント―白色光,色素内視鏡を中心に 小田島 慎也

1-2-3 総論 (2) 胃癌を見落とさないために c. 内視鏡検査のポイント―画像強調観察を中心に 吉田 尚弘

1-2-4 総論 (2) 胃癌を見落とさないために d. AIを用いた内視鏡検査の現状と今後 平澤 俊明

2-1 各論 (1) 対策型胃癌内視鏡検診で胃癌を見落とさないための工夫 髙橋 徹也

2-2 各論 (2) 任意型胃癌内視鏡検診で胃癌を見落とさないための工夫 北沢 尚子

2-3 各論 (3) 早期胃癌内視鏡治療前後のスクリーニング,サーベイランスで胃癌を見落とさないための工夫 水口 康彦

2-4 各論 (4) 胃癌リスク層別化検診に基づく内視鏡検査で胃癌を見落とさないための工夫 井口 幹崇

2-5-1 各論 (5) Helicobacter pylori感染状況別の診断困難例 a. 存在診断の観点から 伊藤 峻

2-5-2 各論 (5) Helicobacter pylori感染状況別の診断困難例 b. ESDの施行により治癒切除が得られた早期胃癌症例 佐野村 洋次

2-5-3 各論 (5) Helicobacter pylori感染状況別の診断困難例 c. 早期胃癌内視鏡切除例における同時性多発病変の見落とし症例の検討 吉田 詠里加

連載一覧

3 上腸間膜静脈-右卵巣静脈シャントによる肝性脳症 淺岡 良成

4 イピリムマブ(ヤーボイ®)・ニボルマブ(オプジーボ®)の併用療法における高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する結腸・直腸癌へ適応拡大 岡田 真央

5 第101回 日本消化器内視鏡学会総会 緒方 晴彦

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書籍情報

  • ISBN:9784004003610
  • ページ数:128頁
  • 書籍発行日:2021年8月
  • 電子版発売日:2021年9月10日
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