序文

産科婦人科学は従来，産科学として周産期医学を，婦人科学として生殖内分泌学，婦人科腫瘍学を扱ってきました．しかし，現在の産科婦人科学は，女性医学として，思春期から老年期までの女性の幅広い健康管理を担う学問分野となっています．すなわち上述の各領域を基軸としつつも，女性特有の生理・病理の基本的理解のもとに，女性を統合的・全人的に把握し，健康増進，疾病予防・治療等を志向する学問分野となっています．したがって，従来の3 領域の枠組みでは対応困難となり，新たに第4 の領域として女性ヘルスケアが提唱されています．

近年の医療は，根拠に基づく医療evidence‒based medicine を最も重要な柱としています．厳密にコントロールされた大規模な臨床試験によるデータが重視され，このことにより，患者にとって最良の医療が選択できるようになりました．しかし，患者を治療するには，こうした臨床試験の背景となる生理学的，病理学的基礎知識が必要となります．医学を学ぶ者は，最新の臨床試験の結果を把握するのと同時に，疾患が起こってくる機序が何なのか，疾患の本質は何なのかを常に追究し，知識を習得していかなければなりません．このScience and Practice 産科婦人科臨床シリーズは，単なる知識の整理や試験対策のためのものではなく，女性の生理現象を生物学的に明らかにし，そのうえで，各疾患の病理とその治療の理解を深める書籍として企画しました．疾患の検査や治療は，すべて基礎的洞察に基づいて考案されたものであり，それを理解せずに診療にあたることは不可能です．

中山書店が刊行した『新女性医学大系』は，産婦人科のすべての領域について詳細に記述する壮大なシリーズでした．本シリーズはその後継として企画され，時代に合わせてボリュームこそ調整しましたが，その基本精神を引き継ぎ，女性の生理，病理の基礎を明らかにし，それがどのようにして臨床に結びついているかを理解できるような構成としました．また，執筆者も，基礎から臨床まで，わが国のトップを走る専門家にお願いしました．

わが国の産婦人科診療では，日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が共同で作成したガイドラインが日常診療に深く浸透しています．こうしたガイドラインとの整合性を図り，内容面で齟齬がないよう，読者が診療において惑わないよう注意し，また，本書により，ガイドラインの推奨がなぜ記載されているか，その本質を理解できるような内容をめざしました．

産婦人科の基礎と臨床を体系的に理解し，その知識を日常診療に役立てる助けとなることを希い，診療，研究，教育で多忙を極めるなか，ご執筆いただいた先生方に改めて御礼申し上げます．

2019年3月

総編集　藤井　知行
東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻
産婦人科学講座教授