序

新年度を迎え，皆さんやる気に満ち溢れていると思う．そして早く一人前の医者になりたいという想いをより一層強くもつ時期でもあるかもしれない．その気持ちとは裏腹に，救急外来に出向けば病歴聴取もままならず，身体所見もはっきりしない多種多様な患者さんに対応しなければならない．患者さんを診察室に招き入れたのはいいけれど，仰臥位で寝ている患者さんの横で上を向いて途方に暮れている研修医の先生たちを毎年見かける．そのたびに思うのである．「先生が寄りかかっているそれ！エコーをもっと使えばいいのに！」

1. できる研修医は知っている！

「先生，flap だと思うんですけど見てもらっていいですか？」深夜2 時．ほとんど意識障害になっていた筆者に初期研修医が声をかけてきた．寝ぼけ眼でベッドサイドに駆けつけて研修医が描出したエコー画像を見てみると，血管が2つに見えた．まだまだ若いつもりであったので必死で目を擦って見たら本当にflap だった．Stanford A 型の大動脈解離の診断で緊急手術となった．この序文を書く数日前の話である．

とりあえずプローブを当ててみる．当てないと見えない世界があるのである．買わないと当たらない宝くじと一緒である．この研修医はまさに一攫千金であった．

2. POCUS とは

このようにベッドサイドでとりあえずちょっとエコー当ててみようか，というのが今注目のpoint-of-care ultrasound（POCUS）である．経験がなくても誰でもいつでもどこでもできるのがPOCUS の特徴だ．新年度に入り，やる気に満ち溢れたこの時期にはじめるのにぴったりの手技である．そしてやればやるほどグングンできるようになるからやめられない！普段は怒られてばかりの研修医でも，周りをギャフンと言わすことができるのもPOCUS ならではである．

エコーといえば心臓と腹部というイメージがあるかもしれないが，その汎用性からPOCUS の観察範囲は頭から足先まで全身に及ぶ．さらに元来エコーが苦手としてきた肺についても，今ではすっかり馴染みの「肺エコー」となりつつある．これらの背景には，研修医にとって聴診や打診，触診による評価は経験が浅いため比較対象がなく，標的臓器を直接見ることもできないため不安でしかないが，その一方でPOCUS ではプローブを当てるだけで今まで見えなかったものが一瞬にして見えるようになり（いわば可視化されるため）評価しやすくなり，得た情報をほかの人と共有しやすくもなるということがあるだろう．

病歴聴取や身体所見を元に観察部位を絞って短時間に効率よく行われるPOCUS であるが，逆に得られたPOCUS 所見から追加の病歴を聴取ができたり，身体所見にフィードバックすることで自身の身体診察技能の向上に役立てることもできる．さらにショックや呼吸困難など，その原因として重症な疾患が想定されるにもかかわらず病歴聴取や身体所見が得られにくい状況でも，POCUS は非常に心強い味方となる．

そう！できる研修医は知っているのである．POCUS が自分たちを助けてくれることを！慣れてくるとまずプローブを当てながら病歴聴取をしている姿を見かける．こうなるともうしめたものである．そうなるためのエッセンスが本書にはぎっしり詰まっている．執筆陣は皆，POCUS を自分の手足のごとく用いて日々の臨床に活かしているエキスパートばかり．なかには筆者からすれば雲の上の存在（達人の域を超えて仙人級！）の先生方にも拝み倒して執筆いただいた．その非常に示唆に富む内容はPOCUS を日々用いている後期研修医にも新たな知見を与えてくれるはずである．

皆さんにとって明日の診療が心待ちになるような，あるいは「あの時読んでてよかった！」と思ってもらえるような，そんな1 冊になっていれば幸いである．

2023年2月

福井県立病院救命救急センター
瀬良　誠