巻頭言
重要性を増すOnco-cardiology

がん診療の進歩は目覚ましく，まさに「昔の常識が今の非常識」です．2000年前後より分子標的薬ががん診療に用いられるようになり，がん患者の生命予後が大幅に改善しましたが，がん患者やがんサバイバーが循環器疾患を発症するという新たな問題が生じてしまいました．外科系領域では，手術手技の進歩により高齢患者であっても手術が可能になりましたが，循環器疾患の発症頻度は年齢とともに増加するので，外科手術を受ける患者が循環器疾患を併存していることが問題となっています．このような背景のもと，腫瘍循環器学（Onco-cardiology）という学際領域が生まれ，がんと循環器の両者が重なった領域を対象とする新しい分野として，世界的に注目されるようになりました．2017年には，腫瘍専門医と循環器専門医が協力して日本腫瘍循環器学会が設立され，腫瘍循環器学の啓発・普及・教育，診療体制の整備，疫学・臨床・基礎研究の推進，産官学連携の推進などを中心に活動しています．ガイドラインも整備され，2022年には欧州心臓病学会から，2023年3月には日本腫瘍循環器学会から腫瘍循環器学に特化したガイドラインが発行されました．しかし，この分野のエビデンスは大幅に不足しており，より明確な指針を示すためには，今後のエビデンスの蓄積が不可欠です．

心エコー図は今や循環器診療だけでなく，がん診療にも不可欠なモダリティです．がん治療開始前の心血管評価の結果によっては他のがん治療が選択されることもありますし，抗腫瘍薬投与中の心機能低下や血栓症が検出されれば当該抗腫瘍薬の中断，減量などが考慮されます．腫瘍循環器学の目指すところは，心血管有害事象を最小限にし，患者に必要ながん治療を提供することにありますので，心エコー図が果たす役割は非常に大きなものになっています．

このように，心エコー図が求められる役割がますます増加している背景のもと，本特集では，「がん診療と心エコー」と題し，心エコーを専門とする医師，技師，一般循環器診療を行う医師，がん診療医を対象とした企画を考えました．本特集では教科書的な事実やエビデンスの紹介だけでなく，エキスパートによる「私はこう考える」といった見解も自由にお書きいただきました．本特集によって，腫瘍循環器診療で求められている心エコー図の役割に関する理解が深まり，実際の腫瘍循環器診療に役立つことを心より祈念しています．

田尻和子・石津智子